« ライ武 ライ舞 ライ憮!!! | トップページ | 美頓トラベルにごあんない~タッキーはお好き?編 »

秋の夜長には

同僚よりも仕事が早く終わったので、せめて応援しようと思い背後で「ひとり寝の子守唄(加藤登紀子)」を歌唱したところ、幸運なことに一人先に上がれた美頓です、こんばんは。
ココログの不具合が漸く治りました。テキュー


「あほらしい唄」
この川べりであなたと
ビールを飲んだ だからここは好きな店
七月のきれいな晩だった
あなたの坐った椅子はあれ でも三人だった
小さな提灯がいくつもともり けむっていて
あなたは楽しい冗談をばらまいた
二人の時にはお説教ばかり
荒々しいことはなんにもしないで
でもわかるの わたしには
あなたの深いまなざしが
早くわたしの心に橋を架けて
別の誰かに架けられないうちに
わたし ためらわずに渡る
あなたのところへ
そうしたらもう後へ戻れない
跳ね橋のようにして
ゴッホの絵にあった
アルル地方のあの明るい跳ね橋!
娘は誘惑されなくちゃいけないの
それもあなたのようなひとから

「おんなのことば」茨木のり子 より
女性は皆、心のどこかにこんな想いを持っているのではないでしょうか。
茨木のり子さんと言えば「自分の感受性くらい」や「わたしが一番きれいだったとき」など日本人には珍しい「怒り」の詩人というイメージでした。
たまに詠んでガツンと頭を殴ってもらいたい、くらいの距離感だったのですが、こちらの詩集はそういった「怒れる詩」の他にも「いつも手元に置いておきたい」と思わせる瑞々しく、清々しく、時に妖しいことばとユーモアで溢れています。ことばの力を感じさせる詩集です。個人的には前述の大好きな二編の詩も入っていて、且つ文庫サイズで持ち歩けるので大満足です。

「友人」
友人に
多くを期待しなかったら
裏切られた!と叫ぶこともない
なくて もともと
一人か二人いたらば秀
十人もいたらたっぷりすぎるくらいである
たまに会って うっふっふと笑いあえたら
それで法外の喜び
遠く住み 会ったこともないのに
ちかちか瞬きあう心の通い路なども在ったりする
ひんぴと会って
くだらなさを曝け出せるのも悪くない
縛られるのは厭だが
縛るのは尚 厭だ
去らば去れ
ランボウとヴェルレーヌの友情など
忌避すべき悪例だ
ゴッホとゴーギャンのもうとましい


明朝 意あらば 琴を抱いてきたれ
でゆきたいが


老若男女おしなべて女学生なみの友情で
へんな幻影にとりつかれている
昔の友も遠く去れば知らぬ昔と異ならず


四月すかんぽの花 人ちりぢりの眺め
とは
誰のうたであったか

「おんなのことば」より

ランボオとヴェルレーヌと言えば、夫人をして「不道徳な関係」と言わしめ離婚訴訟に至ったのは有名な話で、ディカプリオがランボオを演じた「太陽と月に背いて」という題名で映画化されている。確かモザイク満載で当時の純心無垢なわたしには若干刺激が強かった記憶が。

お互いを束縛して自らのエゴを他人にぶつけることで存在を確認する、甘美な関係から逃れられぬ時間こそが「地獄の季節」だったのではないか。


嘗て楽しい時間を共に過した長い付き合いの友人であっても、互いの環境が変わって再会すると強烈な違和感―感情のブレとも言うべき、或いは些細なこと―を痛感して悲しい思いをすることがある。再会は出来ても、二度と戻らない共感出来た時間。


逆に、初対面若しくは会ったことがないのに文面や一言二言の会話で通じあう不思議。この種の人に巡り合える奇跡への感激。共感出来るか否かは付き合いの長さや深さ、人生経験や体験・環境の類似とはあまり関係ないらしい。


泡沫的とはわかっていても、その瞬間は手から零れる水のように掴むことはできないとわかっていても、だからこそ人はカメラやビデオで、或いは言葉でその感激を少しでも切り取って手元に残そうとする。
けれど、感激した「今日」は明日や明後日やずっと先に続くので、その気持を共有できるうちは友人と呼べる、のではなかろうか。


喜怒哀楽、どの感情からの出発であっても内面を徹底的に掘り下げ、普遍へと昇華されたことば達には、人の心を掴み、揺さぶり、力を与えてくれると改めて思った本との出会い。


怒りは感覚を研ぎ澄まし、憤りは目を眩ませ真実を塗りつぶす。哀しみは自己を掘り下げ、嫉妬は他を通して自らを縛る。感覚のアンテナは誰にも影響されたくない。


人、本、出来事、出会ったことや感じることにただただ感謝して日日を暮らしていけたら。

|

« ライ武 ライ舞 ライ憮!!! | トップページ | 美頓トラベルにごあんない~タッキーはお好き?編 »

コメント

私は「自分の感受性くらい」の、次の一節を自戒としています。

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった


好きな詩というと、立原道造の「わかれる昼に」でしょうか。

ゆさぶれ 青い梢を 
もぎとれ 青い木の実を 
ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
私のかへつて行く故里が どこかにとほくあるやうだ

何もみな うつとりと今は親切にしてくれる
追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで
単調な 浮雲と風のもつれあひも
きのふの私のうたつてゐたままに
 
弱い心を 投げあげろ
噛みすてた青くさい核を放るやうに
ゆさぶれ ゆさぶれ

ひとよ
いろいろなものがやさしく見いるので
唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ

投稿: だだえもん | 2006年10月20日 (金) 21時49分

だだえもんさま
わたしもその「自分の感受性くらい」の一節を心にいつも掲げています・・・
一番忘れがちなことだと思うので。
心に響く詩との出会いもまた得難いことですよね。

投稿: 美頓 | 2006年10月21日 (土) 19時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/123837/3880507

この記事へのトラックバック一覧です: 秋の夜長には:

» _●初代酒サムライに加藤登紀子さん [お酒ブログ情報トラックバックセンター]
日本酒の愛好者をたたえ、国内外で普及PRの「志士」として活動してもらう第1回「酒サムライ」の叙任式が20日、京都市左京区の下鴨神社で開かれた。初代酒サムライに選ばれた歌手の加藤登紀子さん(62)たち6人が出席し、お神酒による乾杯などで清酒販売の低迷脱却などを誓った。... [続きを読む]

受信: 2006年10月21日 (土) 13時02分

» Dr関塾(ドクター関塾)は個別指導の学習塾 [Dr関塾(ドクター関塾)は個別指導の学習塾]
Dr.関塾(ドクター関塾)は、小学生・中学生・高校生を対象とする「個別指導」を行う学習塾です。 学力低下が問題視されている現在の日本において『学習塾』の存在は必要不可欠なものになっています。 その中でも『教師1人に対して生徒1~2人の個別指導』で人気の『Dr.関塾』について紹介していきます。 ... [続きを読む]

受信: 2006年11月12日 (日) 00時18分

« ライ武 ライ舞 ライ憮!!! | トップページ | 美頓トラベルにごあんない~タッキーはお好き?編 »